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会社組織におけるインセンティブの重要性 ~『ゼミナール経営学入門』より~

  • 従業員のエネルギーと企業のインセンティブ

 この本の第9章では組織マネジメントの全体像が明らかにされた。そこでは個々に様々な目的や思考パターンを持った主体的な存在である従業員が、協力して業務行動や学習を行うことで、企業の業績が現れるということが述べられている。しかし従業員が頭で考えて会社のために行動計画を立てたとしても、実際の行動に至るにはギャップがある。そのギャップを飛び越え、実際の行動に踏み切るには「心理的エネルギー」が必要となる。簡単な言葉で言えば「やる気」である。そこでインセンティブシステムが重要となる。これはこの本で述べられているように「協働にエネルギーを投入しようとする意思を引き出す」役割を演じている「多くの人が欲しがるものを組織の人々に配分する仕組み」である。

 バーナードの『経営者の役割』も引用されているが、彼も、組織の本質的要素は人々が自分のエネルギーをその組織に提供しようとする意欲と説き、「どんな組織でも、十分なインセンティブを与えられるかどうかが、その組織の存続をかけたもっとも強調される仕事となる」と述べている。この意欲は「この組織(会社)のために頑張ろう」という気持ちである。組織が目標とする業績を達成するためのエネルギーが、従業員の努力やエネルギーの総体であるとすれば、組織での協働に個人が自分のエネルギーのどれだけの割合をどれだけ意欲的に提供してくれるか、ということが問題となる。この意味で適切なインセンティブシステムを設計することが、組織マネジメントを任されたマネージャーがもっとも注力すべき問題であるといえる。

 

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  • 人が持つ5段階の欲求

 では具体的にどのように考えていけばよいのだろうか。この本では、(1)人は一般にどんな欲求を持っているか、(2)人は企業組織に何を求めるのか、(3)組織はどんなインセンティブを与えられるか、という順に考えを進めている。

 まず1つ目についてマズローの『人間性の心理学』から「欲求5段階説」を参照している。これはよく知られている説だが、人間の欲求を5つ(ⅰ 生理的欲求、ⅱ 安全の欲求、ⅲ 所属と愛の欲求、ⅳ 承認の欲求、ⅴ 自己実現の欲求)に分け、それら低次の欲求から高次の欲求へシフトしていくことを明らかにした。この説は自分の経験と照らし合わせて直感的に納得のいくものである。4つ目の承認の欲求は内発的なものと外発的なものに分けられ、前者は自尊心(self-esteem)のようなものであり、後者は他者/社会から認知/承認されることを求めることであると私は解釈する。個人的にはこの自尊心と5つ目の自己実現欲求の区別が曖昧であると感じた。なぜならどちらも自分の能力や達成したことを自分が誇らしく思ったり、それに満足を感じたりすることを求めているからだ。他者承認による満足と自分の目標を達成した満足に分けたほうがわかりやすいと思う。すなわち承認と自己実現の差は他者との比較の有無である。

 

  • 人が会社に求めるもの

 この本では「企業とは、収入を得る場であり、仕事をする場であり、人間関係をもつ場なのである」と述べられる。安定した収入、居場所や所属感(同僚との交流)、他者承認(会社での地位)、自己実現(仕事の面白さ)を働くことに求めている。この中で収入以外は仕事以外からも得ることができる。しかし収入を得るということは仕事に特有ではないだろうか。したがって働く最も基本的な理由は安定した収入を得て、最低限の生活水準を維持することであろう。その他の要素はプラスαであり、従業員の個々人に固有で、すべての従業員のニーズを満たすことは不可能である。

 

  • 組織が与えるインセンティブ

 ではこのような欲求を持った従業員に対して、どういったインセンティブを与え、喜んで働いてもらうことができるのだろうか。この設計においては主に2つのことに注意すべきである。1つ目は何を分配の中心にするかである。お金なのか地位なのか仕事の裁量なのか仕事の内容や面白さなのか。2つ目はその分配決定の尺度である。以下では前節で最も基本的な欲求だと述べたお金について考えてみたい。

 まずハーズバーグの衛生要因と動機づけ要因が有名である。前者は最低限の欲求を保障するものであり、後者が従業員のやる気を引き出すものである。収入が衛生要因となるのは、会社が給料として生活に最低限必要な分を保障する場合である。動機づけ要因としては成果主義や業績に連動した報酬のように、お金によって頑張りを引き出すものである。営業部の契約件数に連動した給料や工場のラインでの生産個数に応じた賃金の支払いがこれにあたる。またそれ以外にもお金というのは職場社会での他者承認の尺度、自分の頑張りに対する会社からのフィードバックであり、その意味で承認欲求を満たすことができる。

 高橋伸夫『<育てる経営>の戦略』に即して述べると、日本企業の雇用の特徴として「日本型年功制」があり、その説明として高橋は日本企業の給料は「年齢別生活費保障給」の側面が強いと述べる。すなわち日本企業における給料は最低限の生活費を支給するという意味で、衛生要因として働く。そして従業員のやる気を引き出す方法としては、成果を出せば次の仕事の内容や面白さで報いる、上司がみんなの前で褒める、といった、給料以外でのご褒美を多く用いている。高橋は成果主義を批判しているが、私もそれに賛同する。自分が頑張ったご褒美としてたくさんのお金を与えられるだけで、誰からも感謝されたり褒められたりしない、というのはいささか人間味にかける評価方法ではないだろうか。

 

  • インセンティブの源泉としての企業成長

 最後にインセンティブの総量を増やし、またその源泉を多様化するために、企業にとって成長が必要であるという考え方が新鮮だった。組織が大きくなれば利益も増え、さらに役職が増え、また今までよりも面白い仕事をする機会も増える。成長によって企業は標準以上の利潤(すなわちレント)を得ることができるので、従業員の賃金を保障し生活の安定に貢献することもできる。

 しかし標準以上の利益を得る会社があるということは、当然だが他方では標準以下の利潤しかあげられていない会社があるということで、そのように他者を常に意識して競争を繰り返すことは苦しいことのように思われる。

組織マネジメントの全体像 ~『ゼミナール経営学入門』より~

『ゼミナール経営学入門』の第9章をまとめた。

 

  • 組織と個人、経営の働きかけ

 まずこの章の冒頭では「経営とは、人々の協働を促し、率い、そして協働全体の舵取りをすることなのである」と述べられている。1章でも触れられていたが、企業の究極的目標である利益を得るためには、顧客に魅力を感じてもらい(reasonable)、さらに財サービスの提供に費やしたコスト以上の価格を支払ってもらう(profitable)、ことが必要である。そしてその ”reasonable” かつ ”profitable” な状態を作り出すために、従業員が協力して働くこと、すなわち協働が必要となる。ここで「顧客に魅力を感じてもらう」という意味で “reasonable” という単語を選択したが、それは「妥当な、適度な、合理的な、良心的な、正当の、手ごろな」といった意味で、顧客が納得してその合理的な財サービスを選択し、その正当/妥当な対価として手ごろな価格を支払うという、購買に関する一連の流れにフィットする単語だと考える。

 以上より経営において外部環境との関わり方を意味する戦略とともに、自社の内部、すなわち組織を適切にマネジメントすることが、非常に重要な意味を持つことは理解いただけただろう。

 

  • 従業員の行動と経営の働きかけ

 この本でも述べられているが、組織のマネジメントは「組織の業績を良好な水準に保つため」に必要である。「業績」というのは、利益、成長、雇用の維持、社会貢献など様々なものを指すが、とにかく業績というものが組織マネジメントのゴールである。しかし企業が人の集合体である以上、マネジメントできる範囲には限界がある。個々の従業員は、日々考えていることや仕事に求めていることなど、とても個性的である。それをある方向に強制的に向けて、頑張らせるというマネジメント方法は、いささか無理がある。個人の意思決定の範囲は組織の役割に制約されるが、その範囲内では自由に情報交換を行い、行動を選択できるという意味でかなりの自由度があるといえる。したがって冒頭でも書いたが、経営やマネジメントがすべきことは、従業員をときには引っ張り、ときには支えることで、協力して働いてもらうことである。

 

 以下の図のように、経営の働きかけをこの本では、戦略、経営システム、理念/人の3つから成るとしている。この3つの方法も様々な具体的な方法から成るが、3つの方法でしか経営は個人に働きかけることができないということも意味している。もちろんトップから影響を与えるだけでなく、現場の従業員同士が相互に影響を与え合って、うまく協働を成り立たせることもある。またOutputの行動計画の欄に「方向」と「大きさ」というのはベクトルに例えたもので、要するに「どこに向かってどれだけ頑張るか」ということを示す。しかし頭で考えた計画と実際の行動(業務行動や学習)には大きな隔たりがある。しかし実際の行動を起こさなければ業績も出ないので、その飛躍をマネジメントすることも必要だろう。

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 このように図化して、組織の業績が生まれるプロセスを分解していくと、自社がどの部分に問題を抱えているかということが整理されるのではないだろうか。経営のフレームワークだけで企業の業績を改善することはできないが、その手助けにはなるのかもしれない。

経営戦略とは何か ~『ゼミナール経営学入門』より~

 前回までは「イノベーション」というテーマで主に書いてきたが、ここに来てその概念が属する「経営学」というものの基礎を固めないと砂上の楼閣になると思った。そこで今回からは経営学の基礎的なテキストをレビューしながら、現在、経営学の分野で行われている議論や考え方について整理したいと思う。

 今回は『ゼミナール経営学入門』という大学の入門講義でもよく用いられるテキストを参照した。テーマは「戦略とは何か」である。経営学と言えば戦略論と言っても過言ではないほどしばしば耳にする単語だが、その定義をきちんと理解して使用している人はどれだけいるのだろうか。

 

  • 企業の「マネジメント management 」とは

 経営学は ”MBA(a master’s degree in business administration, 経営学修士)” という言葉からも分かるように、 ”business administration” と訳される。また関連して ”management” という単語もある。”administration” という単語は、「管理」、「統治」、そのままの「経営」という意味を持つ。そして “management” もだいたい同じような意味である。両者のニュアンスの違いを調べたところ、 ”administration” は組織にとっての目標 objective や方針 policy を設定するようなトップ経営層の活動であり、 “management” はその目標を実現するための具体的な活動をするといったミドル管理層の活動である、という分類がされていた。(参考サイト:http://www.differencebetween.net/business/difference-between-management-and-administration/)

 いずれにしても経営学というのは、企業の目標設定と、その実現のための具体的な活動を対象にする学問なのだと理解することができる。日本語の「経営」という言葉は企業のトップ層のみに使われ、ミドル層には「管理」という言葉が使われるが、経営学はどちらも対象としているところが興味深い。

 以上で分かったことをごく簡単にまとめると経営学は企業活動のすべてを対象とするということだ。企業についての学問と言っても過言ではないかもしれない。

 

 では「企業活動」とはいったいいかなるものなのだろうか。経営層がビジョンやゴールを示し、企画がそれを実現するためのサービスや製品を考え、技術者がその要件を満たす製品を作り、工場がベルトコンベアで大量生産し、マーケティングや宣伝がその価値を顧客に伝える方法を考え、などなど、非常に多岐にわたるプロセスである。このままでは経営学について全体を俯瞰しにくい。

 そこで今回参照した『ゼミナール経営学入門』の分類を取り入れてみたい。この本では企業活動を主に「環境のマネジメント」と「組織のマネジメント」に分類している。前者は企業とその企業を取り巻く環境、すなわち企業外部との関わり方を考え、後者は企業内部を対象とし、個々人の力をうまく統合して1+1を2ではなく、3や4にしていく方法を考える。以下に図を示した。

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 図のように企業の周囲には、資本市場、労働市場、製品市場、原材料市場がある。そして特に製品市場にいる顧客と競争相手との関わり方を考えるのが「(経営)戦略」である。戦略については次の節で詳しく述べるが、製品市場に特に注目するのは、他の市場と違って、この市場は需要をもたらすからである。もし他の市場から資金や人材や原料を揃えたとしても、「製品市場での展開に失敗してしまえば企業の命運は絶たれる」というほどに企業にとって重要な役割を果たすのが製品市場なのだ。

 

  • 戦略とは何か

 前節で「戦略=企業の製品市場との関わり方の方針」ということが分かった。この本ではさらに戦略の定義について深掘りし、「市場の中の組織としての活動の長期的な基本設計図」と定義している。面白いのが顧客を「恋人」に例えているところで、企業が競争をしているのは顧客という「恋人」を「ライバル」である競合から勝ち取るためだという例えがおもしろい。そして企業が目標とする利益を得るための条件は、

 (1)製品サービスを顧客が選択する

 (2)企業の支払うコスト < 顧客の支払う価格

である。愛を勝ち取るためには恋人に自分の魅力を伝え、自分を選択してもらわなければならない。しかし市場においては好ましさの判断基準が価格であるので、顧客にお買い得と感じてもらいながら、利益も確保できるようにコストを低く抑えなければならない。顧客にとっては ”reasonable” で、企業のとっては “profitable” というウィンウィンの状態を実現することで、利益を上げられるという考え方だ。つまり利益は顧客にとってのその製品サービスの「魅力」の結果であるといえる。

 この魅力を提供するために企業は組織化し協働している。協働を成功させるためにも条件があり、

 (1)共通の方向付け

 (2)活動の資源

が必要となる。(1)は人々が共通に理解する方針としての戦略を立てることである。そして(2)は特に重要で、経営者がいくら壮大なビジョンを掲げて完璧な戦略を立案しても、それを実現する材料がなければ、絵に描いた餅に終わってしまう。この意味で(経営)資源は企業活動の「基盤」である。

 

  • 戦略の立て方の違い

 前節で述べたことをまとめると、企業が利益を得るためには顧客に魅力を感じてもらう必要があり、そのための組織活動には戦略と経営資源が必要、ということだ。ではこの戦略、特に優れた戦略は何に基づいて考えればよいのだろうか。ゼロから物事を作り上げるのは非常に難しい。そのため参照点となるものが必要となる。以下では戦略論の二大潮流である企業外部(「ポジショニング・スクール」)と企業内部(「経営資源スクール」)という2つの視点を紹介する。

 まず1つ目は企業外部との関わり方や距離感をベースに戦略を考える「ポジショニング・スクール」について。この戦略は、市場動向を理解し、その環境のなかに自社を適切に位置づけることを考えるので「市場対応計画」ともいえる。人間に例えると他人との関係性やその中で求められる役割から、他人との距離感や自分の振る舞いを考えるようなものだろうか。

 2つ目は企業内部の経営資源に基づいて戦略を立てる「経営資源スクール」である。RBV(Resource Based View)や「コア・コンピタンス(Core Competence)」という言葉を聞いたことがある人もいるかもしれない。この場合の戦略は「資源・能力の利用・蓄積計画」といえる。上と同様に人間に例えると、自己分析をして自分の強みや特徴を知り、それに基づいて、誰とどのように関わっていくかを考えるといったものだろうか。最初の方でも述べたが、戦略とはそもそもが「企業と製品市場との関わり方の方針」であるので、自己分析をする目的は、他者、特に顧客と競争相手とのより良い関わり方を考えることである。自分の特徴を知って満足していてはいけない。

 この議論は派閥の違いのようなもので、どちらの視点も実際の経営には不可欠だ。ただどちらを優先するかという問題だ。例えば、非常に優れた技術を持っている企業はその経営資源から戦略を考えるのが自然であろう。また柔軟な組織運営を得意とするのであれば、相手の出方をうかがい、それに合わせて戦略を変更していくのがよいだろう。

 

  • 「見えざる資産」

 この節では先に触れた経営資源についてもう少し深掘りする。ヒト、モノ、カネについては資源として有名だが、それ以外の「見えざる資産」や「情報的経営資源」と呼ばれる資源について考察する。具体的には、ノウハウ、技術、信用、ブランドイメージ、顧客情報、組織文化、などである。定量的に評価することが難しく、また具体的な形がないことが共通の特徴である。これが注目される理由は大きく分けて以下の3つだ。

 (1) カネで手に入れられず、蓄積に時間がかかる = 競合優位の源泉になる

 (2) 同時多重利用可能 = 利用制約が少ない

 (3) 事業活動のinputかつoutput = 拡大再生産が可能(ほぼ無尽蔵)

 1つ目は理解されやすいだろう。2つ目の例は技術で、例えば液晶技術はパソコン事業にもテレビ事業にもビデオカメラ事業にも同時にまた繰り返し使用することができる。3つ目の拡大再生産というのは、input < outputということで、例えばブランドイメージは口コミなどを通じてますます拡大していく。もちろんマイナスイメージも伝播しやすいので注意が必要だが…

 

  • 「見えざる資産」の獲得

 ともかく、「見えざる資産」が魅力的であることは了解いただけただろう。しかしこの資源が優位性になるのは、(1)のように蓄積が難しいからである。意識的に時間をかけて工夫しなければ蓄積されない。この問題点に対して、この本は日常業務に副次的な蓄積が必要だと説く。これに反対する言葉は直接的蓄積で、それはブランドづくりのための広告宣伝、新技術開発プロジェクト、サービス向上のための研修、など資源形成のために特別な資源投入を伴うものだ。しかしこの投資効果は一時的であるし、蓄積のきっかけとしてはありだが、持続的に情報的経営資源を蓄積することを目的とするとコストもバカにならない。それに対して副次的蓄積では日常業務を資源蓄積、すなわち従業員にとっての学習の機会と捉える。この資源を蓄積することで競争優位を実現するという立場(=経営資源スクール)に立てば、日常業務を密度が濃く、経験の質が高いものにするための工夫(=戦略)が必要となる。

 

  • まとめ

 以上、『ゼミナール経営学入門』を参照して、戦略とは何か、戦略論の二大潮流、そして情報的経営資源の重要性を紹介した。このような理論が現実の経営にどれほど役立てられているか大いに疑問だが、基礎の理論を知ることは現実の企業を理解する上で大きな力となるだろう。