インドネシア
ヨーロッパとアジアを結ぶルート上に位置する交通の要衝である。特に島が多く、ということは海峡があるわけで、そこが交易ルートの首根っこ (bottleneck) になる。(海上交通だとチョークポイント (choke point) というらしい)
日本へのエネルギー資源の輸送ルート上には、「マラッカ海峡」や「ロンボク海峡」などがある。
話がそれるが、インドネシア大(UI)の講義で"piracy"という単語が何度か出てきた。"piracy"…?
ググればすぐわかるように、海賊である。そういえばニュース等で船が海賊に襲われるという話を聞いたことがあったが、どうも現実味がなかった。それもそのはず、日本で「海賊」というワードが使われるのは、主にファンタジーの中で、要するに非日常なワードだと思う。
逆に、今日の日本で「少子高齢化」という単語を見聞きしない日はないが、インドネシアではあまりピンとこない言葉だろう。
国によって置かれている状況が異なり、それによってそこに暮らす人々を取り巻く言葉も異なる。というのは当たり前だが、私にはどうも不思議な感じで、それによって思考もだいぶ影響されているんだろうな、とも思った。
話を戻すと、インドネシアはこのような "busy trading route" 上に位置し、この立地が英・蘭による植民地化を招く。スパイス、コーヒー、紅茶、砂糖、タバコなどに加えて、原油もある。
ちなみに英・蘭の会社といえば「ユニリーバ (Unilever)」である。日本でもおなじみの紅茶「リプトン (Lipton)」の会社。
また脱線しますが、砂糖といえば、ちょうどNHKの大河ドラマで「西郷どん」がやってます。西郷隆盛が島流しになったのが、奄美大島ですかね。で、
江戸時代の初期、最初に砂糖の製造を始めたのは当時の琉球(沖縄県)でした。1623年に琉球の儀間真常が中国に使いを出し、砂糖の製造方法を学ばせ黒糖を製造したと言われています。その後、琉球をはじめ奄美大島、喜界島、徳之島おいても、さとうきびは製造増産され、管轄していた薩摩藩に莫大な収益をもたらしました。
島津斉彬による技術開発の財源の一部も、年貢として取り立てられた砂糖であったと。
で、「今年は不作で、年貢を軽くしてほしい」という島民の訴えに対して、薩摩藩の役人が「それならサトウキビ畑を増やせ」と言うシーンがあった。それは島民の食べ物(例:サツマイモ)を作る畑を、サトウキビ(=商品作物)に転作することを意味する。プランテーションが食糧不足や飢餓に結びつく恐ろしさがよく分かった。
インドネシアではポカリがわりと色々な場所で手に入る。
調べてみると、
特にインドネシアでのプロモーション活動は独特で異彩を放っており、「First Aid (最初の手当て)」をテーマに高熱症状を発する感染症のデング熱発症時や、ラマダンという飲食を絶つ「行」の前後において補給する水分として広く親しまれております。
だそうだ。
まさか「デング熱」や「ラマダン」というワードとポカリが結びつくとは……