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OWLの思考

坂 / 雲 / 経営学 / 社会学 / 労働観 / work-nonwork balance / HR Tech

なぜ坂が好きなのか?

この坂をご存知だろうか?

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http://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/001/772/18/N000/000/005/134762401764513216154.JPG

 

東京都文京区にある日無坂(左)と富士見坂(右)だ。

以前東京をぶらぶらしているときに、偶然発見した。

運命的な出会いだ。

我ながら鼻が利くと思う。目はあまりよくないが。

 

思えばいつからか坂道というか傾斜が好きになったわけだが、その理由について以前質問されるまでは考えたこともなかった。

生まれた場所も盆地で坂などほとんどない。

 

好きになった経緯は謎のままだが、それを契機に坂の魅力を考えてみた。

 

1つ目は坂を上ると自分に位置エネルギーが蓄えられるから、というものである。

 平地にいるときも、海抜から考えれば多少なりとも位置エネルギーを蓄えているはずだが、それを意識することはない。その状態に慣れているからだ。地球が自転していることを日々意識している人がいないのと同じだ。もしかしたら茹で蛙になっていることがあるかもしれない。現状を見直すことは思ってるより難しい。

「内省」なんて口で言うのは簡単だが、できる人とできない人がいると思う。別に能力の問題ではなく、問題意識の問題だ。そもそも内省なんてしなくて済むならしない方が幸せなのでは、と思うこともある。

ともかく、自分の足で「ひぃひぃ」言いながら坂を上ると、自分の「体力」というエネルギーを別カテゴリーの位置エネルギーに変換している、という感覚を得られる気がする。しかも多少の疲労感や汗をかいた後の爽快感など、身体感覚として自分のエネルギーをダイレクトに感じられるので、変換効率がいい。労働してもそのエネルギーが100%返ってこないことは実感されているだろう。そもそも自分のエネルギー量など客観的に測定できないのだから当然だ。

平地でも歩けばエネルギーを使って、違う場所に到達できるのだが、高低差というのは景色の大幅な変化をもたらすので、よりその違いを実感しやすいのだろう。

人間は差異に敏感であるということは、視覚の働きや行動経済学の分野でもしばしば述べられていることである。

今も椅子に座ってこの文章を書いているが、そのような静的な(static)状態ではなく、急流を筏で下り風を頬に感じるような、またたまにはピリピリとした緊張感を感じるような、そんな動的な(dynamic)状態に自分を置く方がいきいきとするのかもしれない。

 

2つ目はほぼ同じ内容だが、努力が報われるという体験ができるから、というものだ。

何を大げさなという話だが、現実において「努力が報われる」ということを信じられている、または実感できている人はどれだけいるのだろうか。ゲームやアニメの世界であれば、何かに挑戦してそれをクリアし、経験値をためればレベルアップし、強い敵が倒せるようになったり、今まで行けなかった場所に行けたりする。努力するインセンティブが十分にある。

だが現実はそう甘くない。というか複雑に事象が絡み合っているのでAをすれば100%でBが起きるなんてことはないだろう。株価の予測が当たらないのと同じだ。チンパンジーがダーツを投げるのと確率的には変わらない。

それでも種を蒔かなければ芽は出ないわけで、努力⇒成果という十分条件かどうかはわからないが、成果⇒努力、つまり努力は成功するための必要条件である。

その成功体験が坂を上ることによって得られるのかもしれない。ぜぇぜぇ息を切らして坂を上れば、いつもと違うすばらしい景色が待っている(たぶん)。

 

これは坂に上るしかない。

東京に住みたい。