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OWLの思考

坂 / 雲 / 経営学 / 社会学 / 労働観 / work-nonwork balance / HR Tech

企業とイノベーション

雨。雨。雨。

 

気を取り直して雲の写真でも。(ワンパターン…)

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(撮影者:私)

 

先日の自主ゼミ(参加者2名)でシュムペーターの『経済発展の理論』を読んで、感じたことを書きたい。

 

まずこの本では非常にざっくりいうと、「発展=外部環境(自然状態や政策等)の変化への適応ではなく、経済の自発的な変化(革命)」というように、きわめて狭義の経済発展問題を扱っている。したがって経済の循環から外れて、生産物や生産方法を変化させる、すなわち既に存在する物や力の結合を変更すること(=新結合 new combination)が発展の形態と内容ということになる。

つまり発展のためにはイノベーションが必要というか、ほとんど「イノベーション=発展」ということだろうか。発展がいいものかどうかについては議論が分かれるところであろうし、定常状態でもいいのかもしれないが、そこについては一旦置いておく。

 

それに対して最近企業において「わが社にはイノベーションが必要だ」みたいに言われる際の「イノベーション」は、人々の生活をより良いものにし、社会を発展させるものとは少し違う気がする。

 

ミクロ経済学が教えるように、完全競争下においては企業の利潤は0になる。それは社会全体の余剰を増やすもので、経済学的には望ましいとされる。だが企業の利潤が0では誰も投資などしないし、結局倒産する。そのために完全競争ではなく、むしろ独占的な状態をつくり出すことが企業にとっての最適戦略であろう。そのためには差別化が必要であり、その1つの源泉として「イノベーション」が必要となる。

 

ただそのイノベーションが果たして社会の利益になっているかは微妙である。もちろん企業が余剰を増やすことで、そこで働いている社員の給料が増え、結果的に人々の暮らしは経済的に豊かになるのだろう。

これは経済成長によって社会発展がもたらされるという議論に基づいている。もちろんそれは正しい。ただ経済成長によって「のみ」社会が発展するのではないことは、周知のとおりだ。「脱成長」という言葉もある。社会に発展をもたらすようなイノベーションが、経済の文脈で語られることが多いのはいささか問題である。

 

シュムペーターの議論ではイノベーションを起こすのは「企業家」であって「企業」ではない。企業はイノベーションを改良することで、新たな循環を生み出す。もちろん革新を起こすこともそれを広めることもどちらも必要である。だが様々な資源を豊富に持つ企業(特に大企業)からイノベーションが起きないのは、現在の私には疑問である。少し変えるだけで起きそうな気がするのだが。組織の問題なのか、各個人の意識の問題なのか、適切な方向付けができていないのか、何なのかよくわからない。組織論などからのアプローチやポジティブ心理学の領域でのクリエイティビティ研究もあるようなので、それらについてはもう少し勉強する必要がある。

 

社会起業やNPOや個人グループによってイノベーションは起きるのだろうが、それ継続させインパクトを与えるには、企業として一定の利益を上げる必要があるのだろう。しかしその利益の出るプロダクトやサービスの全てが人々にワクワク感を与えるわけではない。

 

あまりまとまってないが、とりあえずこんなところで。